カナエール横浜へ行って: ルンジャーとエンパワの絆

「夢を語るだけじゃなくて、子どもたちが自立できるように大人がちゃんと道をつくってあげないと…子どもたちは幸せになれないんじゃない?」

少し蒸し暑くなってきた日曜日の昼。
どんより曇った空につられて、そんな言葉を思い出しながら、カナエール横浜の会場に向かいました。

毎年エンパワや実行委員として子どもたちのスピーチを聞いてきましたが、実は4年目にして、はじめて観客席から観る彼らの舞台。
去年までは、本番までに何回か子どもたちの練習段階のスピーチを聞く機会があり、スピーチが完成するまで言葉を加えては削って、言い換えて、というやりとりを自分の目で見てきました。

今年、横浜の6人のスピーチを聞くのは、本番がはじめて。

たった5分間のスピーチから「彼らがどんな120日間を過ごしたんだろう」と想像するのは、去年までと違った、とても不思議な感覚でした。

  • 何度もぶつかって、何度も何度も這い上がって

チームがどんな120日間を過ごしたのかは分からないのに、舞台の上からは不思議と「力強い絆」のような信頼感を感じました。

「子どもたちは、なぜ自分の過去を大人たちに話そうと思ったんだろう」
「子どもからこの辛い過去を聞かされたとき、大人たちは何を思ったんだろう」

あるスピーチでは、後ろで見守っているエンパワが思わず涙を流している姿がありました。

夢は語るだけでは、叶いません。

でも120日間、自分の過去と向き合い、「エンパワ」だけでなく「自分達の夢の仕事をしているたくさんの大人たち」から話を聞き、自分たちで悩んで、考え抜いて、自分で決断した夢。
それはきっとただの夢物語ではなく、憧れでもなく、子どもたちの力でしっかりした道を描いた夢だと、彼らのスピーチをきいて改めて思いました。

「何度もぶつかって、何度も何度も這い上がって」

私は、舞台に立っているたった5分間の子どもたちの姿、堂々と夢を語る子どもたちの姿しか知りません。

今は客席に向かって力強く話していても、カナエールが終わった日常に戻ってから、「困難」にぶつかることがあるかもしれない。もしかしたら「大丈夫」という言葉がただの強がりに変わるときがあるのかもしれない。

“I believe one day I know everything’s gonna be okay.”


そんなときでも、きっと120日間を共にした信頼できる大人たちと、一緒に乗り越えていってくれたらいいな。
舞台の上から感じた「信頼関係」があれば、どんな困難も、いつか「大丈夫」と、言える日が来るのではないかと思いました。

カナエールを初めて客席から観て、何年か後の彼らの姿をこれからも見守りたい。
直接悩みを聞くことができませんが、「数年後の彼らの将来の姿」を楽しみにしている観客が大勢いるということを感じました。
  

「応援者」というより、かれらのファンになったような気持ちになりながら、私の横浜カナエールは終わりました。

カナエールは今年で最後です。
カナエールのスピーチを聞いて、彼らの夢を応援することができないのは少し寂しいですが、残りの東京会場、福岡会場のスピーチも楽しみです。

(実行委員:えるも)