プロジェクトの迫力について

こちらの記事はカナエール実行委員の加藤 康祐のブログ、kosukekato.com : the idea espresso.からの転載です。本人の了承を得て掲載しています。


なんか書くことたくさんある気がしてたのですが、2日経ったら、そうでもないなという。祭りは終わるから祭り、って他の方が書いてたけれど、そういうものかも知れないですね。先週末、カナエール東京に続き、カナエール横浜も無事盛会のうちに終了、僕は関わってませんが、カナエール福岡も大成功ということで。昨日は写真の整理したり、お礼のご連絡してたら1日終わってた。

昨日、ちょっと当日来場してくれた旧友と意見交換って言うか、カナエールについてチャットしてたんだけれど、僕半ばカナエールのことよく理解せずにこのプロジェクト関わり始めた感じなのですが、改めて俯瞰してみると、若者の社会への送り出し方なのだろうなと思いました、このプロジェクト。前に少し書いたけど、児童養護施設の子達というのは、ある意味で、児童養護施設を退所したら、フリーランスになるようなもので、それ結構厳しい。進学する能力あっても、学びながら、働きながら、自分の生活を成立させていかないといけない。僕がしばしば後輩に薦められない仕事、と言っていたものを選択することを余儀なくされる。彼女彼らの境遇は推し量ったところで、到底現実とは乖離してそうだけど、ただ、18歳で社会と組みするということはとても厳しい。

その上で「寛容な社会を作る」みたいなことを言った時に、フレーズは綺麗だけど、現実は厳しい。そういう時に先ず以て、一人一人が強く在るための機会がたくさんあれば良い、カナエールっていうのはそういうプロセスの話なんではないか、という話を友人としました。「モチベーションのあるところに、インセンティブを渡す」、ビジネスであれ、プライベートであれ、うちのやりたいことって平たく言うとそれだけなので、そういう理解だと、自分のやりたいなあと思うことと、カナエールを手伝うこともあんまり乖離しないんだろうなと。そんな話をしました。

まあただ、色々経験させてもらったけど、まだまだ力及ばないなと思うところも多く。仕事量としては大分こなしたし、ワークレートも高い動き方できたと思う一方で、なかなか思うとおりにことが進まなかったり、歯がゆさを感じたり、平たく言うと「俺、まだこんなもんかー」と痛感させられる局面も多々ありました。ただ、僕が明示的に解決できなかった問題を、プロジェクトはきちんと乗り越えて、東京も横浜も福岡も満席、すごい熱気だった。大きなプロジェクトに関わるってこういうことか、ってそのダイナミズムを体験できる貴重な経験でもありました。

あともう一つ大事なのは、このプロジェクト、色々なところにトレードオフが発生していて、色々なプレイヤーが、それぞれの役回りで、そこにコミットメントを発揮することで、何らかのフィードバックがある。なんか、ボランティアって言うと、与えよされば、みたいな話っぽいですけど、そういう話じゃない感じがしました。僕個人としても、新しい経験が色々できたし、新しい出会いにも恵まれたし、新しい仕事も生まれました。僕が手を動かすということは、僕にとっては全て仕事なので、そういう意味で言えば、うちとしても良い仕事だった。まあ、自由にやらせてもらいましたし、僕のやり方を大いに尊重してもいただいたと思うし。

スピーチをしたカナエルンジャー、それをサポートしたエンパワチーム、実行委員、B4Sのサポーターの皆さん、あと事務局。事務局ね、すごいですよ。スタッフ400人が関わるプロジェクト、4人で走らせてるんだもん。俺やりたくないw。気持ちよく仕事させていただいたことに感謝したいです。それから、僕個人としても色々な人に協力をお願いしましたが、皆やってるので、多分、可視化されてる400人よりもっともっと色々な人が、カナエールに関わってるのだろうなと思います。そういうのなんかすごいし、迫力ありますよね。

うん、迫力のある1年でした。なんかそんな感じがした。1年目だったし、感想そんなんで良いのかなあと思いました。皆様お疲れ様でした。


実行委員1年目、カナエール 2014 終了後の記事でした。カナエール 2015まで残すところ、あと1ヶ月。サポートしてくださる、個人、企業、団体、そして仲間たち、皆でプロジェクトの迫力を作っていければと思っています。最後の30日間、走り抜きましょう。